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札幌地方裁判所 平成10年(ワ)527号 判決

札幌市〈以下省略〉

原告

Aこと X

右訴訟代理人弁護士

荻野一郎

札幌市〈以下省略〉

被告

日進貿易株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

岩城弘侑

主文

一  被告は、原告に対し、金二八七万六一二三円及びこれに対する平成九年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が、商品先物取引の違法な勧誘行為及び取引行為の不法行為により被告の従業員に金員を騙し取られたとして、被告に対して、民法七一五条に基づき、右不法行為による損害の賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  被告は、商品先物取引(以下単に「先物取引」という。)の受託取引業務等を目的として昭和二二年一〇月に設立された株式会社であり、東京穀物商品取引所の商品取引員であるが、被告の従業員である訴外C(以下「C」という。)及び同D(以下「D」という。)は、平成八年一一月ころ、原告に対して先物取引を勧誘し、その結果、同年一一月二〇日ころ、原告と被告との間で、先物取引受託契約が締結された。

2  被告は、原告名義で、別紙売買取引一覧表1のとおり、東京工業品取引所において綿糸の取引をし(以下、同表の各建玉番号の取引をそれぞれ「綿糸建玉番号1、2」という。)、別紙売買取引一覧表2のとおり、東京穀物商品取引所において米国産大豆の取引をした(同表の各建玉番号の取引をそれぞれ「大豆建玉番号1、2」という。)。

3  原告は、被告に対し、平成八年一一月二一日に金四八万円、同年一二月二日に金六万円、平成九年三月一九日に金一三万二〇〇〇円、同年四月三日に金三五万円、同月四日に金三五万円、同月八日に金一四〇万円の合計金二七七万二〇〇〇円の支払を委託証拠金として被告に支払い、被告から、平成九年三月一三日に金一二万四〇〇〇円、同年七月八日に、金二万一八七七円の支払をそれぞれ受けた。

三  本件の争点は次のとおりである。

1  勧誘行為の違法性

(一) C及びDは、原告が先物取引勧誘時に満七三歳の年金生活者で先物取引不適格者であるにもかかわらず、原告に対して先物取引を勧誘したか。

(二) C及びDは、原告が先物取引の委託をしない旨の意思表示をしたにもかかわらず、再度の勧誘行為を行ったか

(三) C及びDは、「任せてください。利益を上げてあげる。」「絶対に損はさせない。」などの断定的判断の提供を行って、原告に対し、先物取引を勧誘したか。

2  取引継続段階の違法性

(一) 一任売買

被告従業員は、原告に対し、「任せてくれ。」と言って一任売買を勧誘し、原告の事前の個別注文を受けることなく、本件の各先物取引を行ったか

(二) 無意味な両建の勧誘

被告従業員は、原告に対し、建玉について値洗い損が発生した場合に、両建にする場合と損切りにする場合との原告の経済的負担の差異を十分に説明しないままに、両建の取引を勧誘したか。

(三) 頻繁売買による手数料稼ぎ

被告従業員は、売買手数料を稼ぐ目的で、原告の自主的判断を待たずに、一任売買により、買い直し、売り直し、途転、日計り等の取引を頻繁に行ったか。

第三争点に対する判断

一  先物取引不適格者に対する勧誘の主張について

1  証拠(甲一、二〇、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、C及びDから先物取引の勧誘を受けた平成八年一一月当時、満七三歳であったこと、原告は、昭和一七年に陸軍航空士官学校を卒業し、昭和二一年から同二三年まで○○新聞社に勤務した後、昭和二五年に株式会社aを設立して同五一年まで社長を務め、昭和五一年に同社を退社した後、昭和五六年に株式会社bを設立して、同社において昭和五九年まで建設関係の業界新聞の発行をし、昭和五九年に右株式会社aに再び勤務したが、同社を昭和六一年に退社したこと、原告は、昭和六一年以降は、休眠状態にあった前記株式会社bの名義で、株式会社c新聞社に掲載する広告の取次業務を行い、平成七年ころまで、年金収入の他に毎年金二〇〇万円程度の収入を得ていたこと、原告は、平成八年三月に株式会社bを精算し、その後は、個人の名義で株式会社c新聞社の広告の取次をしていたが、平成八年中の右業務による収入は金二〇万円弱程度であったこと、原告は、昭和五四年に取得した自宅のマンションを所有していること、原告の妻が、平成八年一一月七日に亡くなり、原告は、その死亡保険金約金三〇〇万円を受けとったが、右保険金の大部分が本件の先物取引の資金に充てられたこと、原告は、株式会社aを経営していたころに、株式取引をして利益を得たことがあること、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「指示事項」という。)一条一項及び社団法人日本商品取引員協会自主規制規則Ⅰ(以下「自主規制規則」という。)五条一項には、経済知識、資金能力及び過去の取引経験等から見て商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘することを禁ずる旨規定されていること、以上の事実が認められる。

2  右の指示事項や自主規制規則における、先物取引不適格者に対する勧誘の禁止の規定は、先物取引が、元本の保証がなく、かつ、投機性が極めて高い取引であることを考慮すると、取引所内部の行為規範や業界内部の取決めに止まらず、委託者の知識経験、資金力、勧誘行為の内容及び勧誘時の事情等によっては、違法となり不法行為を構成するに至る場合もあるというべきである。

しかしながら、原告は、陸軍航空士官学校を卒業後、長年にわたって建設関係の新聞社を経営し、株式取引の経験もあり、また、平成八年一一月当時は、主な収入が厚生年金であったが、平成七年ころまでは、株式会社c新聞社に掲載する建設業者の広告を集めて手数料をもらうという仕事で年金収入の他に年間二〇〇万円くらいの収入があり、自宅マンションを所有し、本件の先物取引の資金に充てた妻の死亡保険金の他に預貯金も有していたのであるから、右のような、原告の知識経験、資金力等から見ると、原告に、先物取引を行う適格性がないと断定することはできず、原告に対して先物取引を勧誘する行為が違法と評価されるものではないといわざるを得ない。

二  再度の勧誘行為について

商品取引所法施行規則三三条五号は、商品取引所法九四条四号に定める禁止行為として、「商品市場における取引の委託につき、電話において勧誘した顧客でその委託をしない旨の意思を表示したものに対し、電話において勧誘すること。」を挙げており、甲二〇によれば、自主規制規則五条三項には、委託をしない旨の意思を表示した者に対し、再度の勧誘を行うことを禁止する旨規定されていることが認められるが、これらの規定は商品取引員に対する公法上の規制ないし業界内部の取り決めであるから、その違反が直ちに私法上も違法となるものではない。

そして、先物取引が、元本の保証がなく、かつ、投機性が極めて高い取引であるとしても、本件のような公設市場における先物取引の受託営業は、法律で禁じられているものではないし、営業員が、取引にそれほど積極的でない顧客に対して積極的な勧誘をすることは、営業行為においてはある程度許容されるものであるから、仮に、原告が主張するように、原告が、委託をしない旨意思表示をしているにもかかわらず、DないしCが、電話や訪問による再度の勧誘行為を行ったとしても、後記三の断定的判断の提供による勧誘などの他の違法行為と相まって被告従業員による勧誘行為の違法性を高める要素にはなり得るとしても、その行為のみで、被告従業員の勧誘行為が私法上も違法となり不法行為を構成すると断定することはできないといわざるを得ない。

三  断定的判断の提供について

1  証拠(甲一、原告本人)によれば、CとDが、平成八年一一月二〇日に原告宅を訪れた際、Cが、原告に対し、東京工業品取引所の綿糸の先物取引につき、「今一番安値で、これから上がるばかりだから、必ず利益が上がる、任せてくれれば利益を上げてあげる、損はさせない。」と言ったこと、原告は、Cの説明を聞き、利益が上がることは確実だと思って、Cらに同月二一日に金四八万円、同年一二月二日に六万円を交付したことが認められる。

2  これに対し、証人Cの証言中には、Cが、被告に対して、「任せてくれれば利益を上げてあげる。」とか「損はさせない。」と言ったことはなく、被告に対しては、乙第一三号証の商品先物取引委託のガイドの該当する項に赤ベンでラインを引きながら、先物取引の危険性や買い付け売りつけや証拠金制度について説明したとの証言部分がある。

しかしながら、もし、Cが、原告に対し、先物取引の危険性について十分説明をし、必ず利益が上がるとの断定的判断の提供をしていなかったとするなら、原告が、後記四のとおりに、被告に綿糸の先物取引を一任し、合計金五四万円を委ねるのは不自然であるから、証人Cの右証言部分は、原告本人尋問の結果に照らし信用することはできない。

3  商品取引所法九四条一号は、商品取引員は、商品市場における売買取引につき、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することをしてはならないと規定しているところ、商品先物取引が、元本の保証がなく、かつ、投機性が極めて高い取引であるにもかかわらず、利益を生ずることが確実であるといった断定的判断の提供を行った場合には、顧客に先物取引の投機性を誤認させることになるので、このような断定的判断の提供は私法上も違法であるというべきである。

そして、前記1のとおり、Cは、原告に対し、今一番安値で、これから上がるばかりだから、必ず利益が上がる、任せてくれれば利益を上げてあげる、損はさせないなどとと言って、原告に綿糸の先物取引を勧誘し、原告は、必ず利益が上がるものと誤信して先物取引委託契約を締結しているのであるから、Cの右勧誘行為は違法というべきである。

四  一任売買について

1  証拠(甲一、乙五の1ないし6、六の1ないし8、七の1ないし15、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) Cは、平成八年一一月二〇日に原告との間で先物取引受託契約を締結するに際し、「任せてくれれば利益を上げてあげる。」と言って原告に先物取引の勧誘を行った。

(二) 被告は、平成九年二月五日に綿糸建玉番号1の買い建玉を仕切って綿糸建玉番号2を買い直し、同月一二日に綿糸建玉番号2の買い建玉を仕切って、綿糸建玉番号3の売り建玉を建て、同年三月一八日に、綿糸建玉番号3の売り建玉を仕切っているが、原告は、これらの取引がなされる前に、被告に対し、各取引について個別の注文をしたことはない。

(三) 被告従業員の訴外E(以下「E」という。)は、平成九年四月三日に原告宅を訪れ、原告に対し、大豆建玉番号1の買い建玉について、相場が急落して値洗い損が発生したため委託追証拠金を預託する必要が生じたことを説明し、「このままにしておくと原告が既に預託している金七〇万円の委託証拠金が消えてしまうから、後金七〇万円を出してくれ。そうすれば損を回復させてあげる。自分に任せてくれ。」と言い、原告は、これに応じて、同日に金三五万円、翌四日に金三五万円をEに交付した。

(四) Eは、平成九年四月七日に原告に電話をかけ、「米国産大豆の相場が急落したため、更に金一四〇万円を預託しないと前に預託した金一四〇万円が消えてしまう、とにかく任せてくれ。」と言い、原告は、これに応じて、翌八日に金一四〇万円をEに交付した。

(五) 被告は、別紙売買取引一覧表2のとおり、平成九年四月八日以降、大豆建玉番号1ないし13の各建玉について取引(大豆建玉番号1、2、3-1、3-2については仕切のみ)をしているが、原告は、これらの取引がなされる前に、被告に対し、各取引について個別の注文をしたことはない。

(六) 原告は、平成九年四月二四日ころ、Eに電話をかけて状況を聞いたり、同年五月七日ころ、同月二〇日ころ及び同月三〇日ころに被告札幌支店を訪れて、Eに状況を問いただしたが、Eは、「状況をもう少し様子を見させてくれ。損しないようにしてあげるから。」というばかりであった。

(七) 被告から原告には、綿糸や米国産大豆の各先物取引についての売買報告書及び売買計算書(乙七の1ないし15)が事後的に送られていたが、原告は、右の各売買報告書及び売買計算書によっても、個々の先物取引の具体的内容について理解できていなかった。

(八) 被告から原告には、月毎の残高照合通知書(乙6の1ないし8)も送付されていたところ、原告は、平成九年三月までの残高照合通知書については、照合調書の内容に相違がない旨の回答書(乙五の1ないし5)を被告に返送したが、被告による同年四月以降の取引に対して不信感を抱いていたので、同年四月分及び同年五月分の残高照合通知書については回答書を返送しなかった。

(九) Eは、平成九年六月一二日ころ、原告宅を訪れ、原告に対して、「委託証拠金が最低でも金七〇万円必要となったので何とかならないか。」と言ったが、原告は、「これ以上は出せない。」と言ってこれを断った。

(一〇) Eは、平成九年六月二〇日ころにも原告宅を訪れて、原告に対して、更に証拠金が出せないかを尋ねたが、原告が、「これ以上は出せない。」と言ったところ、Eは、「どうしても出せないのであれば、金二万円余りしか返せない。」と言って帰った。

2  これに対し、乙八の1ないし26の各買付注文伝票及び売付注文伝票(以下単に「注文伝票」という。)には、別紙売買取引一覧表1、2記載の各取引に対応して原告から個別の受注がなされたかのような体裁の記載があるが、右書証は、以下の理由から、原告が、個別の注文をしたことを認めるに足る証拠にはならないというべきである。

すなわち、証人Eの証言によれば、右各注文伝票の受注日欄の時間の記載は、相場の場節の時間であり注文を受けた時間ではないことが認められるので、右各注文伝票は、注文を受けたときに記載したものではなく後日まとめて記載されたものである疑いが強い。また、証人Dの証言によれば、Dは、平成九年になってからは、原告宅に書類を届けに行ったり、Eを案内していったことはあっても、原告とは電話で話したことも、原告から注文を受け取ったこともないことが認められるが、乙八の1、2、4、5、8の平成九年二月及び同年四月の日付の各注文伝票に取扱者としてDの記載がなされており、もし、これらの注文伝票に該当する個別の注文があったのなら、実際に注文を受けた取扱者に記載がなされるのが通常であるのに、そのようになっていないのは不自然である。さらに、証拠(甲一一ないし一三、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、平成九年二月五日、同年四月二五日、同年五月二一日、同年五月二六日、同年六月五日、同年六月一一日には、それぞれ所用又は旅行で一日中自宅を留守にしており、被告の従業員と連絡を取ることが困難な状況にあったことが認められるが、右各注文伝票には、右の日付の注文伝票が含まれるところ(乙八の1、2、14ないし24)、もし、顧客が一日中不在となる場合において、事前に被告従業員と不在となる日の値段予測して注文をする場合には、売買価格を指定して注文する指値の方法によることが通常であると考えられるが、右各注文伝票にはいずれも成行の方法で注文がなされた旨記載されている。

3  また、乙一〇のEの陳述書には、Eは、「任せて下さい。」とか「絶対に損はさせません。」という言い方はしていないとの記載部分があり、証人Eは、自分は、平成九年四月七日に、大豆建玉番号1、2の買い建玉に対し大豆建玉番号3-1、3-2の売り建玉を建てて両建にした後、原告に対して、両建の外し方について具体的にアドバイスをしていた、相場が大きく動いたときには原告に電話をして状況説明をし、取引について具体的なアドバイスをしていた、また、平成九年六月五日の取引については、原告と事前に取引の打ち合わせをし、また、原告が、旅行先のホテルから朝方に電話をかけてきたときに、両建にしていた建玉を外すことによってどうなったという相場の状況の説明をしたと証言しているが、右記載部分及び証言には、以下のとおり不自然な点があるので、原告本人尋問の結果に照らしていずれも信用できないというべきである。

すなわち、証人Eは、被告代理人による主尋問に対しては、原告に対して、「両建の外し方について常にアドバイスといいますか、話はしておりました。」と答えていながら、原告代理人の「両建を外すのに関して、原告にいつ頃アドバイスをしたのか。」との質問に対しては、「値洗いを見てみないと記憶が分かりませんけど。」と言って具体的な証言をさけている。また、証拠(甲一一ないし一三、原告本人)によれば、原告は、陸軍士官学校同期生の○○大会で、平成九年六月三日に○○市内のホテルに宿泊し、その後オプションの旅行で、同月四日に○○市内、同月五日に○○の各ホテルに宿泊していること、原告は、右の同期会の北海道の責任者であったことが認められるが、平成九年六月五日の取引は、前場三節で大豆建玉番号5の売り建玉を仕切り、後場一節で大豆建玉番号10二限月の買い建玉を建て、続いて後場二節に大豆建玉番号11の二限月の買い建玉と大豆建玉番号12の四限月の買い建玉を建てるという複雑な取引であるところ、その直前である同月三日や同月四日に、原告が、同期会の責任者として忙しくしている中でこのような複雑な取引についてEと取引の打ち合わせをしたというのは不自然であるし、原告が旅行先のホテルから朝方電話ををかけてきたときに、Eが、両建を外した状況を説明したとの点も、大豆建玉番号5の売り建玉を仕切って両建を外したのは前場三節であるからその時間は同月五日の昼前くらいと考えられるところ、原告は、その頃には、既にホテルを出て移動中であったと推定されるから、その時間帯に電話があったというのは不自然である。

4  商品取引所法九四条三号は、商品取引員は、商品市場における売買取引につき、価格、数量その他主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託をうけることをしてはならないと規定しており、また、甲一〇及び弁論の全趣旨によれば、商品取引所法九六条一項によって、商品取引員が、商品市場における売買取引の受託について準拠しなければならないとされている商品取引所の定める受託契約準則(以下「受託契約準則」という。)二三条には、商品取引員は、第五条各号((1)上場商品の種類、(2)限月、(3)売付け又は買付けの区別、(4)新規又は仕切りの区別、(5)枚数、(6)指値又は成行の区別、(7)指値の場合はその値段及び委託注文の有効期限、成行の場合は取引を行う日、場及び節、(8)特定取引の場合においてはその旨)に掲げる事項の全部または一部についての顧客の指示を受けないでその委託を受けることをしてはならないと規定されていることが認められる。

商品取引員が、右の公法上の規制に反して、顧客から具体的な指示を受けずに数量等の決定を一任されて行う一任売買をした場合には、商品取引員がその裁量権を濫用して、自己の勘定による取引を有利にするため顧客の勘定を利用したり、手数料稼ぎのために無用な売買を行う危険があるので、商品取引員が、顧客に一任売買を強く勧めてこれを行ったときには、私法上も違法となるというべきところ、前記1の認定事実のとおり、Cは、「任せてくれれば利益を上げてあげる。」と言って原告に先物取引を勧誘し、Eも、「更に委託証拠金を預託しないと前に預託した委託証拠金が消えてしまう。とにかく任せてくれ。」と言って、原告の個別の注文を受けないで先物取引を行っているのであるから、C及びEの各行為は違法というべきである

五  無意味な両建について

1  別紙売買取引一覧表2のとおり、大豆建玉番号3-1の売り建玉及びこれを売り直した大豆建玉番号5の各売り建玉は、大豆建玉番号1の買い建玉とが両建になっており、大豆建玉番号3-2及びこれを売り直した大豆建玉番号6の各売り建玉と大豆建玉番号2及びこれを買い直した大豆建玉番号4の各買い建玉とが両建になっているところ、証拠(甲一、原告本人)によれば、Eは、平成九年四月七日に原告に電話をかけ、「米国産大豆の相場が急落したためから、更に金一四〇万円を預託しないと前に預託した金一四〇万円が消えてしまう。とにかく任せてくれ。」と言って、原告から金一四〇万円の交付を受けたが、原告に対し、大豆建玉番号1、2の各買い建玉を損切りした場合と両建をした場合を比較した説明はしなかったこと、原告は、その後、Eに電話をかけたり、被告札幌支店を訪れてEに状況を聞いたりしたが、Eは、「状況をもう少し様子を見させてくれ。損しないようにしてあげるから。」というばかりであったことが認められる。

2  これに対し、証人Eは、自分は、平成九年四月七日に、大豆建玉番号1の取引と大豆建玉番号2の取引を損切りした場合の実損額と、両建にした場合の損得勘定を原告に説明した上で、原告に大豆建玉番号3-1及び3-2の各売り建玉の取引をすることを勧めたと証言している。

しかしながら、証人Eの証言には、前記四3のとおり不自然な部分がある他、同証人は、原告代理人の「両建をするメリットって一体何ですか。」との質問に対し、「それはお客様の判断じゃないでしょうか。」と証言しながら、同じく原告代理人の「原告の方から両建にしてくれというふうに言ったわけですか」との質問に対しては、「両建てを言い出したのは自分の方で、原告に両建てを了解してもらった。」との趣旨の証言をするなど矛盾した証言をしていることから、同証人の前記証言は、原告本人尋問の結果に照らし信用することができないというべきである。

3  両建は、建玉の値洗いが損になっても、すぐに仕切らずに、反対の建玉をすることにより、その後に相場の変動による損失の増大を帳消しにしておき、適当と思うときに一方の建て玉を仕切り、残った建玉により利益を得ようとする目的で行う取引方法であり、両建そのものを禁止する法令は特に存在せず、両建の仕切りによって結果的に利益が出ることもあることからすると、両建そのものが直ちに違法であると評価すべきものではない。

しかしながら、両建の場合には、当初の両建の段階で、反対建玉のための委託証拠金が必要となり、また、反対売買を仕切るための手数料等が損切りの場合に比べて余計に必要となるなど、損切りの方法に比べて顧客の経済的負担が大きくなる場合が多く、また、両建の場合には、いったん仕切って新たに建玉した場合よりも、仕切りのタイミングに関して難しい判断を必要とすることになる。甲一八によれば、指示事項二条二項には、委託者の手仕舞指示を即時に履行せず新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めることを禁止すると規定されていることが認められるが、右の規定が、不適切な両建の勧誘を委託者保護に欠けるものとして禁止しているのは、両建のこのような危険性からであると考えられる。

したがって、商品取引員が、両建について右のような経済的効果や仕切りのタイミングの困難性について十分に理解していない者に対し、既存の建玉を仕切ることをせず、両建を説明することは、結局危険性を告げないままに取り引きをさせる場合と異ならないから、違法と評価されるべきであるところ、前記1の認定事実のとおり、Eは、原告に対し、「更に金一四〇万円を預託しないと前に預託した金一四〇万円が消えてしまう。とにかく任せてくれ。」と言って、原告から金一四〇万円の交付を受けたのみで、原告に対し、損切りした場合と両建をした場合を比較した説明をしていないのであるから、Eによる両建の勧誘は、違法というべきである。

六  頻繁売買について

1  別紙売買取引一覧表1、2記載のとおり、綿糸建玉番号2の買い建玉は、綿糸建玉番号1からの買い直し、綿糸建玉番号3の売り建玉は、綿糸建玉番号2からの途転(建玉を仕切ってすぐに反対の建玉をすること)、大豆建玉番号4の買い建玉は、大豆建玉番号2からの買い直し、大豆建玉番号5の売り建玉は、大豆建玉番号3-1からの売り直し、大豆建玉番号6の売り建玉は、大豆建玉番号3-2からの売り直し、大豆建玉番号7は、日計り(同一の日のうちに玉を建ててこれを仕切ること)、大豆建玉番号8の売り建玉は、大豆建玉番号7からの途転、大豆建玉番号9の売り建玉は、大豆建玉番号8からの売り直し、大豆建玉番号11の買い建玉は、大豆建玉番号5からの途転、大豆建玉番号13の売り建玉は、大豆建玉番号6からの売り直し又は大豆建玉番号11からの途転となっていて、頻繁な売買取引が行われているというべきところ、前記四のとおり、原告は、これらの取引について、Eから事前に説明を受けておらず、いずれの取引も一任売買であった。

2  甲一八によれば、指示事項二条一項には、委託者の十分な理解を得ないで、短時間に頻繁な取引を勧めることを禁止すると規定されていることが認められるところ、指示事項は、取引所内部の行為規範であるからその違反が直ちに不法行為における違法となるものではない。

しかしながら、商品取引員やその従業員が、顧客に十分な説明をせず、その理解を得ないままに、一任売買により頻繁売買をした場合には、手数料稼ぎのために無用な売買をする危険が大きいので、特にそのような頻繁売買をする合理的な根拠がない限りは、その行為は違法と評価されるべきである。

そして、Eは、原告に対して、事前に十分説明することなく、一任売買によって前記の頻繁売買をしているところ、被告は、本件訴訟においてこのような頻繁売買をする合理的な根拠を説明しているとはいえないのであるから、Eの右行為は、違法と評価するべきである。

七  結論

1  以上によれば、被告の従業員には、先物取引不適格者に対して先物取引を勧誘した違法はなく、また、再度の勧誘行為は、それ行為のみでは違法とはいえないと解されるが、断定的判断の提供による先物取引への勧誘行為、一任売買の勧誘、無意味な両建の勧誘及び頻繁売買による手数料稼ぎの各行為については違法性が認められるので、被告従業員による原告に対する先物取引の勧誘行為及び取引行為は、全体として違法と評価すべきであり、原告は、被告に対し、民法七一五条により、本件の先物取引によって被った損害の賠償を求めることができるというべきである。

2  本件先物取引により、原告が受けた損害は、原告が被告に支払った委託保証金合計金二七七万二〇〇〇円から、被告からの返金合計金一四万五八七七円を差し引いた金二六二万六一二三円と弁護士し費用の相当額金二五万円の合計金二八七万六一二三円と判断するのが相当である。

3  よって、右金二八七万六一二三円とこれに対する不法行為終了日である平成九年七月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求を求める本件請求は理由がある。

(裁判官 中山幾次郎)

〈以下省略〉

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